「教科書を使わない算数授業」への批判
1960年代から1970年代後半にかけて、いくつかの新しい算数の指導方法が開発された。その代表が「水道方式」と算数の「問題解決学習」である。
「水道方式」や算数の「問題解決学習」は、どちらも理論から生まれた指導方法であった。当時は、「理論が正しければ、指導方法も正しい」と考えられていた。
「水道方式」に対して、向山は「『できない子をできるようにさせる』という最も大切な根本の目標は実現しなかった」「理論が悪いのではなく、それを『なま』で教室に持ち込み、授業の工夫をないがしろにした教師の責任である」と批判。
また、算数の「問題解決学習」に対しても、「しばしば授業時間は延長され、練習問題は宿題にされる」「できない子は、できないまま放置される」「算数嫌いを膨大に生み出した原因」と批判した。
向山は、理論ではなく、目の前の「できない子」をできるようにするにはどうすればよいか、「できる子」も満足させるにはどうすればよいかを追究し続けていた。
その結果、誕生したのが「向山型算数」であった。