どれだけ教え子をいとしいと思っても、未練を残してはならない。私たちの教え子は、私たちを越えていくのである。
越えるに値する人間に、
伸びていく子どもたちにせめて価値ある力添えができる人間に、
そうなることが私たち教師の努めなのである。
教師の仕事は面白く、教師修業は果てしがない。
授業をすすめていくエンジンは「発問」と「指示」である
発問と指示をどれだけ深く考えたかが、
授業のレベルを規定していく。
子どもの世界では、わざとらしいことや嘘は通用しない。 事実でほめなければならない。
子どもに、どこかで失敗の体験を上手にくぐらせてやりたい。
伸びようとする子どもの可能性を、しっかりと伸ばしてあげられる教師。これが、子どもが教わりたい教師の第一位である。
子どもの意見の大方は、発展性のあるすばらしいものである。教師に技量が足りないために、発展させられないだけなのだ。
この子のつらさを、いとおしいまでの寂しさを理解するのでなければ、教育はできない
すべての人間には、限りない可能性がある。 それを信ずる頑固さにおいて、それを具現化する執念において、自分は他のいかなる人よりも劣りはしないと信じる。
「あなたは駄目です」と、医師は決して言ってはならないのと同様、教師は「あなた駄目です」と言ってはならない